今回紹介するのは、1975年に発売された『Canon FD55mm F1.2 S.S.C. アスフェリカル』。前回レビューした『Canon FD55mm F1.2 S.S.C.』の進化系として、アスフェリカル(非球面レンズ)を採用。さらに高い描写性能を実現したモデルです。
このレンズを語る上で無視できないのが、シネマレンズ『Canon K35』の存在。各焦点距離に非球面レンズを採用した革新的な設計が特徴で、アカデミー科学技術賞を受賞しています。
映画『エイリアン2』や『バリー・リンドン』などの名作で使用され、現在でも根強い人気を誇るシリーズですが、その希少性から同じ光学系を採用している一部のFDレンズが注目を集めています。
・24mm T1.6
=FD24mm F1.4 S.S.C. アスフェリカル
・55mm T1.4
=FD55mm F1.2 S.S.C. アスフェリカル
・85mm T1.4
=FD85mm F1.2 S.S.C. アスフェリカル
その他にも「18mm T1.5」「35mm T1.4」がラインナップされていますが、従来のFDレンズにない仕様であるため、これらは新たに設計されたものだと考えられます。
前置きが長くなりましたが、映像業界で伝説的な存在のK35と同じ描写を楽しめるレンズ、その実力を早速確かめていきましょう。
1.解像感と「甘さ」の絶妙なバランス
今回のレビューでは、レンズの特徴が最もよく現れるF1.2の作例を中心に、「JPEG撮って出し」で掲載しています。まず解像力を確かめるために絞りを変えて撮影しました、順番にF1.2、F2、F2.8の描写です。
オールドレンズと言っても、当時の最新技術が投入された高級レンズ。絞りを絞った場合、F2.8あたりでの描写はしっかりとシャープになり、特に風景や静物撮影において、その解像力の高さが実感できます。とはいえ、現代レンズのような解像力ではなく、適度に柔らかさを残しながらも、ディテールがきちんと描写される点が、このレンズの魅力と言えます。
動画からの切り出し。公式LUT「LC-709TypeA」を使用してカラーグレーディングしています。
顔の細かいディテールが過剰に強調されず、非常にナチュラルな仕上がりです。現代レンズだともっとシャープでクリーンな描写になりますが、このレンズのソフトな描写は、むしろ人物の表情や雰囲気を引き立ててくれます。映像だとピント面の甘さも気になりません。
2.周辺減光が生む独特のムード
周辺減光は、このレンズの魅力の一つです。四隅が暗く沈むことで視線が自然と中央に引き寄せられ、被写体が浮かび上がるとともに、柔らかな描写の中に引き締まった効果が生まれます。
開放F1.2では、中央部は特に明るく、四隅が大きく暗くなります。これが、現代のレンズにはないヴィンテージ感を際立たせ、奥行きと深みを与えます。
3.柔らかく、温かみのあるボケ味
Canon K35と明確に描写が異なるのは、ボケ味です。K35の絞りは15枚、今回のレンズは8枚絞りです。K35は絞り羽根の枚数が多く採用され、美しい玉ボケ表現が可能となっています。
* 現在流通しているK35リハウジングモデルの多くは15枚を採用。オリジナルに関しては、12枚や14枚という情報が海外のフォーラム等で言及されていますが正確な情報が無いです。
実際にF値を変えながらボケの変化を検証してみました。ナチュラルで優しい印象です。やや渦巻き傾向のあるボケではありますが、ヴィンテージ感のあるボケ味は魅力の一つかと思います。
4. 逆光での美しいフレア
逆光で撮影すると、大きなフレアが現れます。これが写真や動画に温かみを加えてくれるので、光を取り入れた撮影が楽しくなります。特にポートレートや風景では、フレアが綺麗に溶け込んで、よりドラマチックな印象になります。
総評:唯一無二の表現力
『Canon FD55mm F1.2 S.S.C. アスフェリカル』は、現代のレンズとは一線を画す描写が魅力的なレンズでした。全体のコントラストは低めで、柔らかな描写と周辺減光が独特の雰囲気を醸し出してくれます。『Canon FD55mm F1.2 S.S.C.』と比較すると、F1.2の解像力はアスフェリカルの方が高いですが、ピント面の曖昧さやソフトな描写は残ります。
近年の価格高騰を考えると入手の難しさはありますが、伝説的なシネマレンズの描写を手にできることを考えれば、コストパフォーマンスは良いと思います。印象的な描写を重視するユーザーには非常に魅力的な選択肢です。
コメント